Green Carbon株式会社は、カーボンクレジットの創出・売買事業、生物の研究開発事業、ESGコンサルティング事業を展開する環境スタートアップです。水田、バイオ炭、森林、酪農、マングローブ植林など多様なネイチャーベースソリューションに特化し、CO₂削減や企業の脱炭素化に貢献しています。本対談では、東京コンソーシアム・グリーンスタートアップ支援でGreen Carbon株式会社を担当し、伴走者として支援を行う足立紘平氏が、大北潤代表取締役に同社の強みや今後の展望について話を聞きました。
大北 潤[写真右](Green Carbon株式会社)
聞き手・進行:足立 紘平[写真左](東京コンソーシアム グリーンスタートアップ支援担当)
(敬称略)
足立:まずは創業の経緯からご紹介していただけますか?
大北:もともと、前職ではタクシーサイネージの広告を売っていました。社員は少数規模の会社で、業績は良かったのですが、タクシーサイネージは効果測定が難しい。だから、お客さんから「ありがとう」と言われる経験や実績があまりなくて。例えば、1億、2億の売り上げを出しても、社内では「がんばったな」と評価されるのですが、お客さんからは「うん、まあ良かったかな。でも、効果はよく分からなかった」といった反応が多かったです。この反応がけっこう精神的にきつくて……。だからこそ、「ありがとう」と言われることの大切さを感じました。これをきっかけに、社員のモチベーションを上げるためにも、「ありがとう」と言われる仕組みを作りたいと強く思いました。そこで連想したのが、某外資系カフェでした。そのカフェでは、何かを買ったら「ありがとう」と言われるじゃないですか。そういう文化を作りたいなと思ったのです。
そこで、まず「キッチンカー·ビジネス」を始めました。社内向けの福利厚生として、社員にタダで食べ物を配るキッチンカーを運営し始めました。当初は、利益は求めずに運営していたのですが、余った料理を使えなくなる前に加工して、例えばカレーにして売る、といったことをとある企業と共同で実施していました。そうしたら、某大手ホテルの料理長さんが興味を持ってくださって、「うちでも取り組みたい」となり、1日限りのフードロス·レストランを開業しました。それを大手コンビニエンスストアの担当さんが見に来てくれて、「これを全国展開したい」という話をいただきました。そこで役員の前でプレゼンをしたのですが、最終的にはNGに……。理由は、折り曲がった食材などは大量生産のラインでは扱いづらいということでした。そのとき、なぜ興味を持ってくれたのかを聞いてみたところ、「フードロスには5兆円規模のマーケットがある。これを解決したい!」という話をされました。加えて、「ESG投資」の話も出てきて、「なるほど、そういう背景があるのか」と。
そこで、ESG事業部を立ち上げて、上場企業向けのコンサルティングを始めました。でも、コンサルをしていると、「2050年問題の解決に向けて、まずはペットボトルの回収から始めます」といった、ゴールが遠すぎて現実味がない話が多かった。「これは世の中のためになっているのか?」と疑問を感じました。そうした中で「もっとインパクトのあることに取り組みたい」とリサーチしたところ、「カーボンクレジット」に行き着きました。「カーボンクレジット」はどのような業種にも関係があり、環境負荷の削減に貢献できる。そこで、この事業に本格的に着手しようと思い至りました。
その際に出会ったのが、Green Carbon株式会社共同創業者である萩原惇允です。彼はゲノム編集や植物研究の専門家で、AIを使って10年かかる研究を2、3年に短縮する技術を持っていて、内閣府の戦略アドバイザーも兼任しているような人物です。彼と話しているときに、「植物の成長速度を2倍にすることができる。そうすればCO₂吸収量も2倍になるし、カーボンクレジットの量も増える。日本のように面積が限られている国でも独自性が出せるのでは?」と言われ、「面白いかもしれない」と思い、Green Carbon株式会社を創業しました。
足立:最初は国内事業からスタートしたのですか?
大北:まずは日本で会社を立ち上げたのですが、やはり国土が狭すぎるというのが現実です。「一番広い場所はどこだろう?」と考えたときに、アメリカなどが候補に上がったのですが、アメリカは競合が強すぎて難しい。そこで目をつけたのが、オーストラリアでした。オーストラリアはまだまだ参入の余地がある状況だったので、日本で会社を作ったと同時に、オーストラリアでも会社を立ち上げました。
オーストラリアでは研究開発を進める体制を整えることにして、現地の大学と共同研究をしてみようという形でスタートしました。ゲノム編集の仕組みを構築し、研究開発の基盤を作るといった取り組みを進めています。ただ、オーストラリアも先進国なので、すでに「カーボンファーミング」の方法が様々整っていて、日本より進んでいる部分もありました。さらに、研究開発はすぐに成果が出るものではないので、簡単に結果が出る土壌ではなかったのです。そういう状況の中で、「研究体制を整えるだけではなくて、資金も作らないといけないな」と考えていたところ、日本で「中干し」という新たなカーボンクレジット(※1)が出てきました。
※1 中干しクレジットとは、水田において稲作中期に水を抜く「中干し」を行い、メタンガスの排出を抑制することで得られるカーボンクレジット
足立:「中干し」に可能性を感じたのですか?
大北:はい。少し前に「日本やアジア諸国でのマーケットで本気で勝ち切るには何があるか?」と考えたとき、「米だな」と思ったのです。中干しクレジットができたのは2023年の3月なのですが、僕らが創業した2022年当時はまだ中干しクレジットなんてなかったのです。だから、まずは海外のボランタリークレジットで方法論として確立されているAWD(※2)に取り組んでいました。AWDの方法論で進めているときに、日本で話をしていたところ、丁度「もうすぐ中干しの方法論ができあがる」と教えてもらいました。こうした経緯で、弊社では「中干し」にも取り組み始めました。
※2 AWD(間断灌漑)は、水田の水を一定期間抜いて乾燥状態を繰り返す灌漑手法。これにより、水使用量を削減し、メタンガス排出を抑制できるため、温暖化対策や水資源の効率利用に貢献する
足立:なるほど。最初はJクレジット(※3)ではなかったのですね。
※3 Jクレジットは、日本国内での温室効果ガス削減や吸収量を「クレジット」として認証·取引する制度。再生可能エネルギーの利用や省エネ、森林によるCO₂吸収などで創出され、企業や自治体のカーボンオフセットに活用されている
大北:その通りです。AWDを積極的に進めていたので、その方法論ができたときに「え、こんな簡単にできるのか。」と驚きました。そこから弊社で一気に営業を広げ、日本の農地をどんどん押さえに行きました。
足立:あらためて御社の事業概要と強みを教えていただけますか?
大北:まず弊社の事業は大きく3つに分かれていて、ESGコンサルティング事業、カーボンクレジットの創出·売買事業、生物の研究開発事業です。
ESGコンサルティング事業は、前職でのESGコンサルタントとしての経験を生かして展開しています。カーボンクレジットを売るのはけっこう難しくて、ESGの知識がないと売れないという現実があります。制度自体も様々な制度があって複雑です。だからこそ、ESGコンサルティングはOJTの場として活用していて、まずは営業担当者にこの分野での知識を深めてもらい、十分に慣れてからカーボンクレジットを販売するチームへ移行する仕組みを採用しています。
当社の強みは幅広い自然領域を網羅している点にあります。競合他社の多くは「水田に特化」や「バイオ炭のみを扱う」といった特定の分野に限られがちですが、当社では水田、バイオ炭、牛、森、マングローブなど多岐にわたる自然領域に対応可能です。このような包括的な取組みができる会社は、日本国内はもとより、アジア諸国全体を見渡しても極めて稀ではないでしょうか。
当社が多様な領域をカバーしていることのメリットとして、自治体や国との交渉時に「自然全体を活用して脱炭素を実現できます」という総合的な提案が可能になる点が挙げられます。このアプローチによりイベントへの招待や自治体との連携の機会も増え、協力体制を築きやすいという利点があります。
また、クレジット購入者にとっても強みがあります。購入者の中には「水田のクレジットが欲しい」といった具体的なニーズが定まっていない場合も多く見られます。当社は市場全体の価格変動や供給量を把握しており、こうした情報を基に最適な選択をサポートすることで、国内外から高い評価をいただいています。
足立:研究開発事業では、具体的にどのような取り組みをされていますか?
大北:当社では現在メタンガスの抑制に注力し、「メタンガス抑制菌」の開発を進めています。稲作では「メタンガス生成菌」と呼ばれる菌がメタンガスの発生の原因となります。この菌の活動を抑える微生物を、新潟大学や九州大学といった研究機関と共同で研究をしていて、稲作の土壌に撒くことで、メタンガスの排出量を20~30%削減する効果が確認されています。この効果は中干しを行わなくても得られるもので、さらに中干しを実施している場合には追加で15%程度の削減も期待できます。
特に重要なのは、中干しを実施していない農家でも「メタンガス抑制菌」を使える点です。世界的には、AWD(間断灌漑)が可能な地域は全体の20~30%程度に限られ、多くの地域では水管理が難しい状況にあります。この微生物菌は、そうした地域でも効果を発揮し、脱炭素に貢献できるため非常に高いポテンシャルを秘めています。
具体的な方法としては、微生物を含む溶液に米の種を浸し、表面に微生物をコーティングします。このコーティングされた種を田植えすることで、微生物が土壌内に定着し、自然にメタンガスの排出を抑制する仕組みを構築しています。
足立:素晴らしいですね。研究開発に力を入れつつ、クレジットの創出を目指す姿勢が、他社との大きな違いですね。
大北:その通りです。競合他社はロジックのみで事業を展開しているケースが多いですが、当社は根本的な部分から取り組んでいるため、この点が大きな差別化ポイントだと考えています。
足立:日本を含めると、どの国で展開されているのでしょうか?
大北:現在、拠点は日本、オーストラリア、フィリピン、ベトナムにあり、タイでは設立準備を進めています。日本国内では東京、新潟、札幌に拠点を構えています。
足立:国内では競合他社も多いと思います。その中で、どのように差別化を図っていますか?
大北:当社の強みは、水田において十分な農地面積を確保している点です。例えば、「バイオ炭クレジットを導入したい」と考える企業があっても、多くの場合、農家さんとの接点がありません。そうした背景から当社の農地ネットワークを活用し、「協業したい」というお声をいただくことが多いです。
また、自然領域のプロダクトで特に大事なのは、農家さんの生活がかかっているという点を重視することです。中干しは簡単に言えば「水を抜く期間を1週間延長するだけ」なのですが、農家さんからすると「それで収穫量が減ったらどうするのか?」という不安がつきまといます。そのため、科学的なエビデンスを提供し、農家さんが安心して取り組める環境を整えています。さらに、当社は国内で最初にカーボンクレジットを登録した実績があるため、この分野での信頼を得やすいという強みがあります。競合他社が「中干しをやりませんか?」と提案しても、「実績は?」「経験は?」という質問に答えられない場合、そこで大きな差が生じてしまいます。
加えて、当社の中干しクレジットが参入するチャンスは、農業は年に一度しかありません。例えば、8月に中干しを始めたいと思っても、田植えは4月に行われるので、そのタイミングを逃せば、翌年まで待つ必要があります。
足立:確かにスタートアップにとって、参入が難しい分野ですね。
大北:はい。本当に参入しづらいのです。それに加えて、農家さんとは基本的に8年契約です。だから一度契約されてしまうと、リプレイス(契約切替)の提案機会がなかなか来ない状況です。そうなると、他のエリアを開拓していかないといけないので、かなり大変ですね。
足立:8年契約が業界のスタンダードなのでしょうか?
大北:基本的には、8年契約がスタンダードです。Jクレジットを申請する際に、「8年間これを続けます」というルールになっています。そのため、農家さんとの契約も「8年間継続して取り組みましょう」という形が基本です。
また、私たちは「稲作コンソーシアム」を運営していて、そこに某国内農薬企業や某国内パソコンメーカーさんをはじめ、様々な企業の方々に参加いただいています。このコンソーシアムでは、農業のDX化を進めたり、農薬の選定によって農家さんのコスト削減を図ったりと、農家さんにとってメリットのある立体的な提案を行っています。こうした取り組みによって、農家さんがよりハッピーになれる仕組みづくりを目指しています。これらの活動は、他社にとって参入障壁が非常に高い部分だと思いますね。
足立:アジア諸国の市場での活動状況はいかがですか?
大北:日本の水田面積は約140万ヘクタールなのですが、アジア諸国全体だと9,600万ヘクタールもあります。「日本はお米の国だ」と言いつつ、実際にはアジア諸国のほうが圧倒的にお米を食べているし、生産量も多いという現状があります。ただ、アジア諸国でカーボンクレジットを作ろうとすると、スイスやフランス、カナダ、韓国、シンガポール、オーストラリアといった国々が競合してきます。つまり、多国間でのコンペティションが起きやすいのです。でも、うれしいことにアジア諸国·現地の農家や企業は「日本と組みたい」と言ってくれることが非常に多い。日本の米づくりのノウハウを学びたいと。その背景には、日本がアジア諸国に対してODA(政府開発援助)などで、長年多様な海外開発支援をしてきたことが、つくづく大きいと思います。「この水路はかつてJICA(Japan International Cooperation Agency、独立行政法人国際協力支援機構)さんが作ってくれた、日本政府が支援してくれた」といった記憶がアジア諸国現地には残っているのですね。だから、我々が行くと「日本と組みたい」と言ってもらえることが多い。農業系の現場に行くと、「日本人で良かった」と思う瞬間が何度もあります。
足立:日本で確立された農業分野でのクレジット創出やノウハウが、うまく海外でのクレジット創出にも生かせるような環境が、すでに整っているということですね。
大北:そうですね。「先進国の日本でできるなら、こっちでもできるよね」といった流れになりやすい。しかも、日本への好意的なイメージもあって、競合とのコンペになっても勝ちやすい環境が、最初の段階から整っていました。そういう土台があったからこそ、アジア諸国での事業も一気に広げることができたと思っています。そういう意味では、本当に先人たちに感謝ですね。
足立:海外でクレジットを作る際に重視している点はありますか?
大北:私たちがカーボンクレジットを作る上で大切にしているのは、専門家、つまりその分野を理解している学者や研究者と一緒に進めることです。例えばフィリピンでは、某大学や稲作研究で有名な研究所と連携しています。お米に詳しい、あるいは学術的な知識を持っている方々と組むのが基本です。
その理由として、国ごとに稲の品種や気候がまったく異なるという点が挙げられます。理論的には「こうすればカーボンクレジットが作れる」と言えるのですが、生産量が下がるのは農家さんにとって最悪の結果です。だからこそ、現地の大学や研究機関と提携して進めることが絶対条件になっています。フィリピンだけでなく、ベトナムやタイなど他の国でも同じように取り組んでいて、今はアジア地域の3カ国で合計10ほどの研究機関と提携しています。さらに、それぞれの国の北部、中部、南部といった地域ごとに、農業分野に強い大学や研究機関と連携して進めるようにしています。この方針は変わらず、一貫して取り組んでいます。
もう一つ大事なのが、水田の管理における灌漑設備です。ダムや水路を管理している自治体や省庁との連携も欠かせません。水路や灌漑のタイミングを決める必要があるので、これらの管理機関と提携することが多いです。つまり、水の管理を担う機関と、農業や植物に詳しく生産量を維持できるパートナー、この二つの連携が重要で、この体制を基盤にしてプロジェクトを進めています。
足立:国内ではどのようなパートナーと連携していますか?
大北:我々は農家さんと一緒に取組んでいきたいので、やはり農地面積を広げることが重要です。そこで鍵を握っているのが、地元で農薬や肥料を販売している農資材メーカー。彼らは農家さんとすごく近い関係にあります。そういった農資材メーカーとパートナーシップを結び、彼らの持つノウハウに「脱炭素の取り組みでクレジットを作れる」という付加価値を加えることがポイントだと考えています。
それだけではなく、カーボンクレジットの買い手を増やすことも同じくらい大事です。クレジットを買う人がいなければ、農家さんの収益にはつながりません。ただし、CO2を沢山排出している東京の上場企業がカーボンクレジットを買ってオフセットすれば良いというわけではありません。例えば、北海道で作られたクレジットであれば、北海道の地場企業が購入することで地方創生につながります。我々も北海道の銀行と提携し、地元の買い手企業を紹介していただいたり、農家さんとの橋渡しをしてもらったりと、地域で循環型の経済を作ることを目指しています。
具体例として、PCメーカーのVAIOさんの取組みがあります。長野県安曇野市に工場を構えるVAIOさんは、工場周辺の米農家さんと協力してクレジットを創出しています。そのクレジットを自社で買い取り、「カーボンオフセットPC」として販売する仕組みを構築しました。この仕組みは農家さんへの還元と地域への貢献を両立していて、非常に理想的だと思いますね。
足立:ヤマト運輸さんとの連携についても教えてください。
大北:はい。ヤマト運輸さんはカーボンニュートラル配送※4をされています。私たちの提携先の農家さんが作ったお米を配送する際に、ヤマトさんのカーボンニュートラル配送を使い「環境に配慮したお米」として売るという取組をしています。また、まだ構想段階なのですが、例えばヤマト運輸さんなら、荷物を配達する際に農家さん向けに「中干ししませんか?」という営業できるのではないかと考えています。ヤマト運輸さんだけでなく、全国の農家さんと接点がある企業が、例えばチラシを置いてもらうだけでも、カーボンクレジットに興味を持ってもらえるきっかけになりますよね。その成果としてできたクレジットを自社が買い取るというような仕組みを構築している最中です。
※4 カーボンニュートラル配送とは、配送で排出されるCO2量を可能な限り削減し、未削減排出量に対しては、同等の気候変動対策の事業に投資することでカーボンニュートラルを実現する取組み
足立:農家さんの仲介だけではなく、クレジットまでその企業が引き取ってくれるわけですね。地産地消のような仕組みで面白いです。
大北:まさにそうなのです。これがうまく実現できたら、みんなにとってwin-winの関係になると思います。
足立:今後の事業の展望について教えてください。
大北:私たちは一次産業をもっとハッピーにしたいという思いを持っています。その一環として、現在カーボンクレジットを活用した事業を展開しています。例えば、稲作農家さんにおけるカーボンクレジットの収益は全体の3%程度。もちろん、無いよりはいいですが、それだけでは十分とは言えません。この3%を5%に引き上げる、つまり価格を上げることも大事ですが、それだけでなく、収穫量を増やしたり、農作物をブランディングしたり、サプライチェーン上での農家さんの負担を軽減することも重要だと思っています。要は、農家さんが抱えている課題をできる限り解消し、収入を増やし、生活水準を向上させたい、というのが我々の目指しているところです。
また、アジア諸国においては2030年までに3000万の農家さんと契約するという目標を掲げています。もしこの規模感で契約が実現すれば、私たちはその3000万の農家さんに直接お金を渡すことができます。つまり、カーボンクレジットのビジネスモデルは、農家さんからお金を「もらう」のではなく「渡す」という仕組みです。ただ、アジア諸国ではホワイトカラーの人たちですら銀行口座を持っていないケースがあるので、まずは彼らが利用できる口座を作っていこうと考えています。この仕組みが整えば、マイクロファイナンスをはじめとした多様な支援が可能になります。また、3000万口座という規模は、日本のメガバンクにも匹敵する規模感です。日本の人口が約1億3000万人なので、それに近い影響力を持つものになります。
今後は、カーボンクレジットを軸に、農家さんの経済的な課題や生産物の課題を解決する提案を行い、さまざまな面で支援していける仕組みを作り上げていくことが、私たちのビジョンの一つです。
足立:面白いですね。まるで東南アジア諸国版の農協のような構想ですね。ところで、3000万の農家という規模は現実的なのでしょうか?
大北:十分に現実的だと考えています。日本の水田面積は140万ヘクタールですが、アジア地域全体では9600万ヘクタールにも及びます。さらに、日本では農家さん一人当たりの耕作面積が1ヘクタール程度ですが、ベトナムでは0.3~0.4ヘクタールと、すごく狭い。そのため、企業は農家さんにわざわざ農法を指導することもありません。ほとんどが「種まきってこんな感じかな?」と感覚的に行っているのが現状です。私たちが基本的な技術指導を行うだけでも、収穫量が上がります。そんなに大げさな話ではなくて、本当に基本的なところで大きなインパクトを作れるのです。
足立:まるで家庭菜園のようですね。
大北:そうですね。家庭菜園の進化版のようなものなのですが、狭い土地でお米を作っているため、自給自足型になってしまいがちです。それに加えて、規模が小さいから買い手もわざわざ買おうとしない。しかし、私たちはそのお米を大量にまとめることができるので、それを外に流通させることで、物々交換の現状を変えていけます。まずは、流通を作ることで、彼らも収入を得られるようになり、お金を使えるようになる。そうした仕組みを作るために、商社さんとパートナーシップを組んで進めているところです。
足立:稲作コンソーシアムで培った国内のネットワークを活用しながら、アジア地域版の農協のような仕組みを作り、日本のサービスを逆輸出していくイメージですね。
大北:そうですね。今まさにアジア地域版のネイチャーベースコンソーシアムを作ろうとしているところです。そこに大学やいろいろな機関に参加してもらい、困ったときに支援できる仕組みを作ろうと進めています。
足立:支援期間中の成果としてどのようなものがありましたか
大北:住信SBIネット銀行さんとの資本業務提携が一つの例として上げられます。住信SBIネット銀行さんのグループ会社に、株式会社テミクス·グリーンさんという林業DXを行っている会社があります。テミクス·グリーンさんは、林業DXからカーボンクレジットの創出·売買までを一気通貫で実施しているのですが、農業の分野には手を付けていませんでした。それに加えて、彼らのサービスの提供先は自治体です。自治体に提案する際に「林業も農業も両方できますよ」とトータルで提案できるほうが良い。林業だけだと提案が片手落ちになるため、そこを補うために農業分野が必要でした。そうした背景があり、「一緒に取り組みましょう」という形で資本業務提携に至った、という経緯です。
足立:相互の役割分担はどのようになっているのでしょうか。
大北:テミクス·グリーンさんが農業DXの会社なので、主に顧客の相互紹介です。住信SBIさんは、どちらかというとファイナンスの提供ですね。
足立:具体的にはどのようなことが進んでいるのでしょうか。
大北:住信SBIネット銀行さんと愛媛銀行さん、伊予銀行さん、それに愛媛県さんとも連携しているのですが、農業系のクレジットと県が連携するのは日本初の取り組みです。そういう形で自治体とのつながりが広がってきています。今も毎週のように定例ミーティングをして、新たな開拓先について議論したり、企業や自治体を相互に紹介し合ったりしています。本当にシナジーが大きくて、大変助かっています。
足立:東京コンソーシアムとしてもパートナーの紹介をさせていただいていますね。
大北:それは本当にありがたいです。当社に問い合わせをくれるプレイヤーは、基本的には担当者レベルの方が多く、その後の稟議のプロセスに時間がかかることも少なくありません。一方で、東京コンソーシアムや銀行からの紹介の場合は、最初から決裁者レベルで話を進めることができるため、提携までのスピードが格段に速いです。そうした営業サポートは本当に助かっています。さらに、5月に予定している次のラウンドに向けては、積極的に投資家を紹介していただいており、しかも、私たちが描いている次のビジョンに適した投資家をご紹介いただけていて、非常に心強い限りです。
足立:お役に立てて良かったです。
大北:環境スタートアップとして、東京コンソーシアムのグリーンスタートアップ支援に採択いただいたのが2年前になります。当時はまだ、当社も資金調達のシード期が終わったばかりで、エンジェル投資家さんから資金を受けている段階でした。本当に資金も体制も整っていない段階で、「グリーンカーボンをどう広めていくか」「どのように認知度を上げていくか」という課題がありました。そうした中で、「こういう登壇イベントがありますよ」、「グリーン系、GX(グリーントランスフォーメーション)系でこういうイベントがあるので、露出してみませんか?」といったご提案をいただいて、いろいろなイベントに参加できました。おかげさまで、認知度を上げることができたかなと思っています。以前、登壇させていただいたMorning Pitchでも、登壇後に問い合わせが増えたということがありました。さらに国内だけでなくドイツで開催されたグリーンテックフォーラムもご案内いただいて、本当にありがたかったです。
足立:ありがとうございます。経営者としての目線で特に良かった支援はありますか?
大北:やはり「壁打ち相手」になってもらえるのが、すごく大きいですね。同じ経営者同士でも言える情報と言えない情報があったりしますし、専門機関に相談すると費用がかかりすぎることもあって、悩んでいる経営者は多いと思います。だから、例えば「SO(ストックオプション)を発行したいのだけれど」、「資金調達を検討している」、「買収を検討している」といったことを、気軽に相談できる相手がいることは本当に助かります。しかも、我々が求めているレベル感でしっかりと返してくれます。おこがましい言い方かもしれませんが、プロフェッショナルな方々がしっかりサポートしてくれているのが感じられるので、そこは本当にありがたいです。
逆に、それが良い意味でプレッシャーにもなっています。せっかくプロフェッショナルの方々が無償でサポートしてくれているのに、それを十分に活用しないのは非常に勿体ないですよね。だからこそ、思い切り使い倒そうという気持ちで取り組んでいます。隔週で定例ミーティングを実施させていただいていますが、そのたびに「このサポートをどうすればさらに生かせるだろうか」と考えるようになりました。その結果、アイデアを引き出す良いきっかけにもなっています。さらに、我々の分身のように動いてくださいます。創業時、社員がわずか5人程度だったころからご一緒させていただいており、そのころから「強力なパートナーがいる」という安心感の中で、さまざまな挑戦を行うことができました。
足立:そう言っていただけると本当にありがたいですね。今後の事業の発展を期待しています。本日はお忙しいところありがとうございました。