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[インタビュー]東工大発ディープテックベンチャーが、100年続くアンモニア業界に風穴を開ける

[インタビュー]東工大発ディープテックベンチャーが、100年続くアンモニア業界に風穴を開ける
[インタビュー]東工大発ディープテックベンチャーが、100年続くアンモニア業界に風穴を開ける

東京コンソーシアム会員のつばめBHB株式会社は、アンモニア製造において100年以上続く業界標準の製法に挑むベンチャー企業です。独自の製法は従来に比べてCO2の排出量が格段に抑えられ、脱炭素の文脈でも注目を集めています。本対談では、東京コンソーシアム グリーンスタートアップ支援でつばめBHB株式会社を担当し、伴走者として支援をしてきた宮澤氏が、代表取締役の中村公治氏に、事業内容や今後の事業展望について話を聞きました。

中村 公治[写真右](つばめBHB株式会社)
聞き手[写真左]:宮澤 嘉章(東京コンソーシアム グリーンスタートアップ支援担当)
(敬称略)

細野教授が発明した画期的な触媒を利用

宮澤:御社の成り立ちと事業概要を紹介いただけますでしょうか。

中村:弊社は東京工業大学の細野秀雄栄誉教授が発明したエレクトライド触媒を活用し、低温・低圧でアンモニア合成が可能な小型アンモニア製造プラントの社会実装を目指す東工大発のベンチャー企業です。立ち上げは2017年4月で、味の素、UMI(ユニバーサル マテリアルズ インキュベーター株式会社)、東工大の教授陣の出資により設立されました。

味の素は世界中の工場でアンモニアを使用しており、オンサイトでアンモニアを製造して使用したいという目的から参画しました。もう一つの関連会社であるUMIは、産業革新機構という官民ファンドの素材開発チームがスピンアウトしてできたベンチャーキャピタルです。私もUMIに所属していました。

当初はこれらの3社が事業を進めていましたが、途中で様々な企業が参画し、現在では15社から出資を受けています。現在も資金調達を進めており、事業拡大のために新たな投資家を引き入れ、グローバルに展開することを目指しています。

なぜアンモニアなのかと言いますと、細野先生はもともとエレクトロニクス分野で画期的な新しい材料を開発してきました。しかし、その技術が「Better life」ではあるものの「Essential for life」ではないと気づかれ、衣食住に関する開発に興味を持つようになりました。こうしてアンモニア合成触媒の開発に取り組むことになりました。

弊社のアンモニアの合成技術は低温・低圧で行われるため、コンパクトで分散型の製造設備が可能です。これを生かして、味の素の工場などでも導入検討を行っています。最近ではアンモニアが脱炭素のキーテクノロジーとして注目を集めており、大型のアンモニア合成触媒の新たな開発にも取り組んでいます。これはNEDO(国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)のグリーンイノベーション基金の補助金を受けながら進められています。プロジェクトは長期的なものであるため、まず小型・分散型の製造設備を普及させ、実績を積み重ねながら徐々に大型化していく計画です。

中村 公治(つばめBHB株式会社)
宮澤 嘉章(東京コンソーシアム グリーンスタートアップ支援担当)対談

小型化・分散化はなぜ必要なのか

宮澤:アンモニア製造設備の小型化や分散化が求められる背景には何があるのでしょうか。また、小型化や分散化が実現されることによって得られるメリットについても教えていただけますか。

中村:現在、世界で生産されているアンモニアは約2億トン程度であり、そのうち約85%が肥料として使用されています。アンモニアの生産地域は一部の富裕な国々、例えば日本、中国、アメリカ、ヨーロッパ、中東や、北アフリカ、ロシア、インドネシア、マレーシアなどの産ガス国に偏っています。実は、これらの地域から離れた地域で肥料が不足しているという統計があります。結果として、アンモニアや固形肥料を輸送・貯蔵すると末端の地域では高価で手に入りにくくなり、作物の生産が効率的に行えず、栄養不足の人々が増加するという傾向があります。

もう一つの要因は、数百億円から1000億円といったアンモニアプラントの高額な建設コストです。さらに、原料の水素を製造する際には化石燃料が必要となり、これが購入できない地域ではアンモニアの生産が難しくなります。たとえ再生可能エネルギーを利用してアンモニアを生産する「グリーンアンモニア」へのシフトが進んでも、買えない地域では変わりがありません。

この現状に対処するためには、より小型かつ使いやすいシステムの開発が不可欠です。再生可能エネルギーの普及とともにコストが下がれば、それを活用して電気分解を用いて水素を生成し、アンモニア肥料を製造できる。これにより、効率的な作物生産が可能となり、結果として栄養不足の人々が減っていくことが期待されます。

宮澤:通常のアンモニア生産ファシリティ設備と比較して、御社の触媒を使用した小型化したプラントはどの程度の規模になりますか?

中村:現行のアンモニア製造方法であるハーバーボッシュ法は、一般的に平均して年間70万トンほどのアンモニアを生産できます。一方で、我々の小型プラントの中で最も小さいものは年間500トンほどの生産能力です。このような小型プラントが実現すると、アンモニアの生産が従来の巨大プラントに比べて非常に柔軟で、地域ごとの需要に合わせて調整できるようになります。また、小型プラントは投資コストが低く、運用もスケールダウンされたものになるため、導入や運営が容易になります。

宮澤:一方で、大規模なアンモニア生産に比べ、小規模な生産は一定の効率の低下があると考えられますが、例えばどういうロケーションが最適なのかといった条件はありますか?

中村:おっしゃる通りで、極論を申し上げますと、ハーバーボッシュ法は大規模にプラントを運営することで効率が向上するため、我々がその真横に小型のプラントを作っても採算性で勝ることは難しい側面があります。しかし、アンモニアの価格は地域によって異なり、輸送や貯蔵にかかるコストがそのまま反映されています。例えば、日本国内でも地域によってアンモニアの価格差が生じていますが、これは輸送費や貯蔵費によるものです。同様に、国際的にもアンモニアの価格には輸送コストが影響しています。

その中で、アンモニア製造において最もコストがかかる部分は、原料である水素の製造に必要な電力です。つまり、電気代が安く、輸送・貯蔵コストかかる内陸の国は、我々の小型プラントを導入するにあたって最適な土地ということになります。さらに、そこに再生可能エネルギーを活用できれば、ブランド力向上につながる可能性があります。先日もラオスの外務大臣と打ち合わせをしたのですが、ラオスのような国では需要はあると思っています。

宮澤:我々がご支援させていただいている中で、再生可能エネルギーの需給バランスに着目したプロジェクトの実現に向けて継続検討させて頂いておりますが、今後風力発電や太陽光発電に加えて水力発電についても事業者やプロジェクトなどお繋ぎすることで、御社のお役に立てる可能性があるかもしれませんね。

宮澤 嘉章(東京コンソーシアム グリーンスタートアップ支援担当)

中村:再生可能エネルギーのコストがアンモニア製造において重要な要素であることは事実です。世界に目を向けますと、アメリカのIRAやインドの太陽光プロジェクトなど、国や地域で再エネ投資が進んでいるケースが見受けられます。日本の小規模なベンチャー企業であっても、海外の市場を見据え、再生可能エネルギーの動向を把握することが重要です。日本国内だけではなく、グローバルな視点を持ち、市場をピンポイントで狙う。我々はそれができるメンバーを集めていますし、今まさに仕掛けている最中です。

宮澤:岸田首相の中東訪問に同席され、その前後で現地の企業や政府機関との間でMOU(覚書)などを結ばれたと思いますが、中東は御社にとってどのような位置づけになりますか?

中村:エネルギー資源が豊富な中東が、アンモニアの生産において将来的に有望な地域であることは確かです。日本のエネルギー戦略にとっても、中東との関係は重要です。また、世界的に脱炭素が進む中で、中東の産油国であるUAEは将来の経済を支える柱となる新技術へ積極的な投資をしています。その流れの中で、UAEは日本政府と「日UAE先端技術調整スキーム」(JU-CAT)を設立しました。我々はその第1号案件で、ADNOC(アブダビ国営石油会社)と「Joint Study Agreement」を締結し、グリーンアンモニア製造についての事業調査を共同で実施する予定です。さらには現地の国営の再エネ事業会社であるMasdarともMOUを締結しています。UAEの再生可能エネルギーと弊社のアンモニア製造技術を組み合わせることで、将来価格競争力のあるグリーンアンモニアを製造できる可能性があります。

大企業には真似できない環境が強み

宮澤:御社の特色はやはりその触媒技術にあると思いますが、東工大発のベンチャー企業としての強みを教えていただけますでしょうか。

中村:東工大にラボを構えていることは非常に重要です。ここにはコーポレートとマーケティング、そしてプラント設計のメンバーがいます。大企業との違いは、東工大でほとんどの要素が賄われていることです。

ビジネスはニーズから事業に入ることが重要です。お客さんや連携企業の声を聞くこと、それが難しい場合はそれができるかどうかを検討する必要がある。そうした声がマーケティング部門から、プロセスや触媒のチームに情報として下りてきて、細野栄誉教授や同じく東工大の北野政明教授らと議論が交わされます。そこでは、「論文上では面白い技術かもしれないけれど、商業化には適しているのか」、「これがだめならこっちはできないか」といったやり取りが行われ、それを踏まえて我々の量産チームが商業化の検討を行っています。PDCAを回すように、アカデミアとビジネスのスペシャリストが一か所に集まって密にコミュニケーションがとれる環境は、大企業には真似できない強みだと自負しています。

アカデミアは論文の執筆や特許の取得などが求められますが、我々は使える技術を見極め、それを効果的に市場に導入し、コストを削減していく役割を果たしています。これはアカデミアが通常行うことではありません。一方で、世界中の技術や論文を見ながら、「これならアンモニアが生成できるのではないか」といったひらめきのようなアイデアは、我々が得意とする領域ではなく、アカデミアの専門性が必要です。このようなアイデアを効果的に取り入れ、役割を分担することが、非常に重要なポイントだと考えています。

宮澤:アカデミアないし研究の組織と、営業やマーケティングといったお客様と普段接しているフロントラインが、円滑に連携することが非常に重要であるということですね。ただ一方で、異なるフィロソフィーや文化、スピード感、考え方が交錯する組織をまとめることは難しい側面もあると思います。そうした中で夏頃に我々が一緒にやらせていただいた、行動指針やビジョン・ミッション・バリューの策定についてはいかがでしたか?

中村:非常に価値あるものでしたね。弊社にはもともと作っていたミッション・ビジョンがありましたが、これらが浸透しておらず形骸化している部分もありました。バリューについても、商社、自動車会社、コンサル、エンジニアリング、化学業界といった様々なバックグラウンドを持つ人々が集まっており、また、ジェネレーションの差異もあるため、価値観が異なることが課題でした。

彼らをうまくまとめながら、スピード感を持って事業を進めていくためには、プロの力を借りる必要がありました。その中で、宮澤さんら東京コンソーシアムの力を借りて、ミッション・ビジョン・バリューの策定に関する全社でのワークショップを3回ほど行い、その結果をもとに再作成しました。ちょうど私が代表に就任した6月末からこの取り組みが行われたことは、私の新しい体制でのスタートに良い影響を与えました。これにより、共通の理解が深まり、進むべき方向性が明確になりました。

中村 公治(つばめBHB株式会社)

“ゼロイチ”を突破する難しさ

宮澤:御社は大学発のディープテック系、気候変動関連のスタートアップの中で代表的な存在であると私は認識していますが、一般論として、日本においてはそうした領域のスタートアップが育ちにくい現実があると思います。その中で、御社は特にどのような課題感を抱えているか教えていただけますか?

中村:ディープテック系のプロジェクトでは、通常、資金や人材の確保が必要です。実績が出るのは先の話であり、受注はあるものの、運転開始は2年後といったケースが多々あります。つまり、大企業は発注するにあたって実績を重要視しますが、ベンチャー企業はまだ実績がないという状況で積極的に提案を行う難しさがあります。顧客の中には最初のイノベーションに積極的に参加する先駆者もいますが、一方で新しい技術への不安や慎重さを持つラガードも存在します。そういう意味でも、最初の“ゼロイチ”の段階はかなり難しいと感じています。

また、品質保証もディープテックのプロジェクトにおいては重要な側面です。我々はパイロットプラントを2019年12月から4年間運転していますが、「10年、15年と動くの?」といった将来的な耐久性についての懸念を表されることがあります。これは他のディープテックの分野でも共通の課題ですが、新しい素材や技術を導入する際に、その寿命を事前に予測する必要があります。

寿命予測は、先行研究や論文を基に、推定式を構築していく必要があります。ただし、ディープテック分野ではこのような予測モデルを理解する専門家が少ない。特に我々のようなOEM生産の場合、納入仕様やロアークライティア、アッパークライティアなどを明確に定義することが求められます。ディープテックは研究のみならず、ビジネスや市場においても独自のアプローチとスキルが必要とされるため、その難しさが際立っていると思います。

また、気候変動の領域における考慮すべきポイントは、「グリーンプレミアム」です。これは、環境に配慮した製品やサービスが通常よりも高い価格で取引されるべきという考え方を指します。しかし、現実はまだ追い付いていません。現実的には化石燃料との競争になり、経済性とのバランスが難しいとされています。これに対処するには、国際的なレベルで環境への配慮に対する評価や制度を整えていく必要があります。

中村 公治(つばめBHB株式会社)
宮澤 嘉章(東京コンソーシアム グリーンスタートアップ支援担当)

東京コンソーシアムへの期待

宮澤:東京コンソーシアムに応募された際、御社がどのような期待を抱かれていたかについて教えていただけますか。

中村:私たちは日本国内のベンチャー企業ではありますが、海外展開が不可欠です。なぜなら、世界では2億トンのアンモニア生産がありますが、国内の需要は現在100万トンを切り、70万トン台しかありません。つまり、アンモニア需要の99%が海外市場であることを考えると、積極的に進出しなければならないからです。

一方で、私たちの株主は現在15社あり、全てが日本の企業です。海外展開は急務ですが、まだその体制が整っていません。そこで一つ期待しているのが、海外投資家のご紹介です。海外の連携先や顧客候補を教えていただきたいと考えています。最終的には、我々の各局で連携できる会社が出てきてもいいと思っていますので、どうかお手伝いいただければと。

宮澤:承知しました。まさに先週も海外の企業と引き合わせさせて頂きましたが、ぜひ引き続き我々のグローバルネットワークも活用し、ご支援できたらと思っています。ちなみに、改めて特にどこの国のパートナーのご紹介ニーズが高いですか?

中村:アフリカですね。世界的に肥料が一番高いのはアフリカなので、力を入れていきたいと思っています。

宮澤:わかりました。最後に、これから東京コンソーシアムに応募しようと考えている企業に向けてメッセージをいただけますか。

中村:グリーン領域は事業化が難しい側面もありますが、自社だけで進めるのではなく、経験豊富な方々からアドバイスを受けることは非常に重要だと思います。以前にもコンサルタントを利用した経験があったのですが、お金をかけた割には成果が物足りなかった。東京コンソーシアムさんには期待以上のご支援をいただいていると感じています。我々も積極的に情報を共有し、困っていることを伝えていきますので、これからもコミュニケーションを大切にし、お互いに信頼関係を築いていけることに期待しています。宮澤さんをはじめ東京コンソーシアムの方々はビジネスの実力だけでなく人間性も素晴らしいと感じています。とても相談しやすく頼りになりますので、応募を迷っている方は一度飛び込んでみてください。

中村 公治(なかむら こうじ)
つばめBHB株式会社 代表取締役CEO

豊田通商株式会社入社後、有機材料の技術者としてトヨタ自動車株式会社及びトヨタのASEAN統括会社であるToyota Motor Asia Pacific Engineering and Manufacturing Co., Ltd.の材料技術部に出向し、ASEAN・インド地域におけるサプライヤーの工程監査及び現地材料の評価を担当。豊田通商株式会社では、新規事業の設立、新規顧客の開拓、海外取引に従事。

2017年につばめBHB株式会社に出資するベンチャーキャピタルのユニバーサル マテリアルズ インキュベーター株式会社に入社。2019年4月よりつばめBHB株式会社に参画。2022年1月に同社取締役、2023年6月に代表取締役CEOに就任。