![[対談]SOINN株式会社×CoolAutomation Japan合同会社 新たなビル管理の形~AIで空調を最適化~ トップイメージ](https://ecosystem.metro.tokyo.lg.jp/wp-content/uploads/2025/03/soinn-top1.jpg)
「グリーンスタートアップ支援」採択企業のSOINN株式会社は、東京工業大学(現:東京科学大学)発のスタートアップ企業です。ビルの空調を制御する独自のAIシステム開発に取り組む中で、個別空調の規格が統一されていないという日本独自の課題に直面していました。それを解決したのが、イスラエル発のスタートアップであるCoolAutomation Japan合同会社です。本対談では、東京コンソーシアム・グリーンスタートアップ支援の伴走者としてSOINN社をサポートしてきた伊達貴徳氏が、SOINN株式会社の長谷川修 代表取締役CEOと、CoolAutomation Japan合同会社の横山大樹 日本支社長に、業務提携に至った経緯やプロジェクトの詳細について話を聞きました。
長谷川 修[写真右](SOINN株式会社)
横山 大樹 [写真左](CoolAutomation Japan合同会社)
聞き手・進行:伊達 貴徳(東京コンソーシアム担当)
(敬称略)
伊達:まずは、長谷川さんのSOINN創業の経緯からご紹介をお願いします。
長谷川:大学院卒業後、国の研究所で約10年間研究に従事し、その間に留学の機会も得ました。帰国後は東京工業大学で准教授として知能情報学、いわゆるAIの研究を続けていましたが、その関係で次第に、このままでは身の回りのソフトウェアのみならずAI分野も海外製ばかりになってしまうのではないかと危機感を抱くようになりました。私たちは独自の学習手法を開発し、それを共同研究で活用したり、海外メディアの取材を受けたりする機会もありました。そうした経験を通じて、「日本発のAI製品がもっと増えるべきだ」と強く思い、起業を決意しました。
しばらくは大学での研究と会社を両立していたのですが、2018年に大学を退職して、会社に集中することにしました。
伊達:ありがとうございます。創業してすぐにコロナ禍に入ってしまわれたが、どのように活動されていましたか。
長谷川:コロナ禍に入って数年間はほとんど活動ができなかったのですが、そんな中で2022年の東京都主催の「UPGRADE with TOKYO」で電力関連の技術を持つスタートアップ企業を募集しているのを知り、「弊社の技術が役に立つかもしれない」と思い応募しました。幸い優勝することができ、2023年度は1年かけて東京ビッグサイト様の省エネ化プロジェクトを担当させていただきました。そこから本格的に会社の稼働が始まりました。
伊達:SOINNさんのAIは一般的なディープラーニングとは異なる手法と認識していますが、どのような特徴がありますか。
長谷川:ディープラーニングは、元々脳の視覚機能をモデル化した技術で、人間の脳でいうと階層構造を持つ「後頭葉」や「小脳」などに相当します。
一方、私たちのAIサービス『SOINN』はそれとは異なり、脳でいうと「側頭葉」にあたる記憶の部分をモデル化しています。学習データの準備に膨大な労力がかかるというディープラーニングの課題に対し、私たちのAIは人間が手間をかけなくても自律的に学習できるという点が強みです。計算コストが非常に少なくなる点が大きなメリットですね。
さらに私たちのAIは、必要に応じて細胞分裂するようにネットワークが自ら成長できる仕組みになっています。そのため非常に柔軟性が高く、コンパクトな運用も可能です。
国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)様の支援で、ロボットの動きを学習するプロジェクトを行った際は、少ないリソースで学習することができました。このように小型化できると、PCなどで動かすことも可能になります。
こうした特徴を活かして、私たちは「コンパクトで高機能なAI」を提供することを目指しています。ただ、機械学習の手法はさまざまな種類があるため、「『SOINN』しか使いません」というわけではなく、より柔軟で効率的なAIを提供することが私たちのスタンスです。
伊達:続いて、CoolAutomation Japanさんの事業についてもご紹介をお願いします。
横山:私がCoolAutomation Japanを始めたきっかけは、もともと設備・空調業界に外資系企業で12~13年携わる中で、日本の業界のガラパゴス化を感じたことです。海外では「ビルをオープンにつなげてスマート化しよう」という取り組みが当たり前に進められていると知っていたからこそ、「日本でも誰かがやらなければ」と強く思うようになりました。
一人でどうにかなる話ではないため、海外のビルオートメーション企業や、AIを活用した都市運用プラットフォームを展開する会社にも所属しました。そして、そこにCoolAutomation本社をサプライヤーとして招き入れることができたのです。日本に導入したからには、誰かが推進しなければなりません。そこで「自分がやるしかない」と決意し、現在に至ります。
私たちの目標は、すべてのビルを「オープン化」すること。特に空調を軸に、設備同士を自由につなげられる環境を構築することに全力を注いでいます。
伊達:「オープン化する」とは、具体的にはどういうことでしょうか。
横山:たとえるなら、ビルの空調オートメーションは「すべて英語を話さなければいけない」世界なのです。しかし、日本のビルは「日本語しか話せない」。私たちの技術は、まさに通訳の役割を果たすものです。日本のビルの空調システムを世界基準のオープンなシステムにつなげられるようにする、これが私たちの目指していることです。
伊達:日本の空調機器のプロトコルは、世界基準とは違うのでしょうか。
横山:その通りです。日本は独自のプロトコル、いわゆる“クローズドプロトコル”を採用しています。世界のビルオートメーションの分野では3つの標準的なオープンプロトコルが存在し、それが当たり前になっています。しかし、日本ではこの標準が適用されず、各メーカーで独自の仕様が今も続いている状態です。
伊達:横山さんは、その状況を変えていこうとされているのですね。
横山:そうです。SOINNさんのようなAIシステムが成功するためには、オープンにつながることが大前提になります。そこで、私たちの技術を活用することで、異なるシステムや設備がスムーズにつながる環境を整えていく。また、私たちがオープン化した技術をどんどん広めていくことで、業界全体の連携が進むようにしたいと考えています。こうした「つなぐ仕組み」を構築することが、私たちの役割だと思っています。
伊達:お二方の最初の出会いは東京都主催のグローバルカンファレンスであるSusHi Tech Tokyo 2024でしたよね。そのとき、SOINNさんは出展もされていましたが、長谷川さんには東京コンソーシアムのセッションにも登壇いただいていました。
横山:そうです、弊社はイスラエルパビリオンに出展していました。
長谷川:SOINNの技術にフィットする企業が出展しているという情報をいただき、CoolAutomationさんのブースを訪問させていただきました。
お話を伺った瞬間、私たちが長年抱えていた課題をまさに解決できる技術だと確信しました。私たちは、データさえ入れてもらえればAIの部分はしっかり機能するのですが、問題はどのようにして空調とつなぐかというところ。空調設備はメーカーごとに規格が異なり、ビルによっては複数のメーカーの空調が混在しています。そのため、どのように空調をつなぐのか一概に答えを出せないことが多く、課題となっていました。しかし横山さんにお話を伺ったところ、「どの会社の空調でも全部つながりますよ」と言われ、本当に驚きました。
横山:現在、日本では空調メーカーごとに通信規格が異なります。A社ならAという仕様、B社ならBという仕様で、それぞれ全く別の言語を使われているイメージです。しかも、日本国内で統一された言語も存在しないのです。
一方でSOINNさんのシステムは標準語に準拠しているため、空調側も標準語を話せるようにならないと何もできない。そこで、こういったバラバラの言語をすべて共通の「標準語」に変換する必要があります。その土台となる仕組みを弊社が作り、ご提供している、というわけです。
伊達:実際にどのような形で連携されているのですか。
長谷川:企業様から弊社に相談があった際、ほぼ必ず「個別空調をどうつなぐか」という話になります。そこで、「実はCoolAutomation Japan合同会社さんと一緒に取り組んでいて、こんな方法があります」とご提案しています。
横山:国内のビルの90%は中小規模で、その数15万~20万棟に及びますが、基本的に個別空調しか入っていないという大きな課題があります。
システムが入っていない理由は、さきほど話したように「空調が標準語を話せないから」。それを弊社の技術で解決できるようになってきたため、ゼネコン・空調工事業者様からの理解も進み、長谷川さんや私のところに問い合わせが来るようになってきました。
既存のビルが抱えているニーズは大きく2つに分類されます。1つ目は、多棟管理を行う企業が、メーカーを問わず空調を制御し、省エネを実現したいというニーズです。2つ目はメンテナンスをなくしたいというニーズで、これは単体のビルを運営する企業でも大きな課題になっています。
伊達:ビル空調はメンテナンスの手間がかなりかかるものなのでしょうか。
横山:日本の空調メンテナンスの仕組みは、家電の修理と似ています。電話をして担当者が来る → 状況を確認 → その日は修理できない → 部品を手配 → 何度も現場に通ってようやく修理完了。これが業界の標準的なプロセスになっているのです。
ここでデータを活用すれば、「本当に壊れているのか」「どの部品が劣化しているのか」を事前に把握できるようになります。すると修理の回数を減らして、コスト削減や省人化・省力化につなげることができます。実際、この仕組みを導入した企業様からは、「メンテナンスコストが大幅に下がった」「人手不足でも効率的に運用できるようになった」といった声をいただいています。
長谷川:弊社にご相談いただく企業様のAI導入目的も、省エネと省人化が中心です。例えば、東京ビッグサイト様では、ベテランの管理スタッフの方々が経験と勘で毎日空調を調整されています。すると高齢化が進む中で「この方がいなくなったらどうするのか」という課題が出てきています。だからこそ、ベテランのノウハウをAIに学習させ、自動で運用できるようにする必要があります。
一方、完全に自動化するのではなく、何か問題が発生した際には「今、こういう異常があります。どう対応しますか」と人に判断を委ねる仕組みを取り入れています。こういった形で省人化を進めながら、同時に省エネの実現も大きな目的になっています。
もう1つの導入目的が「環境の安定化」です。例えば冷凍食品倉庫では、作業中のドアの開閉により、入口付近の温度が上昇しやすくなります。一方、奥の方は適切な温度が維持されているため、全体を一律に冷却するとエネルギーの無駄が生じます。このようなケースでは、AIがデータを分析し、必要なエリアに最適な冷却を行うことで、省エネと効率的な温度管理を両立させることが可能になります。
伊達:実際にどのような企業で採用が進んでおられますか。
横山:公表はこれからですが、大手デベロッパー様およびゼネコン様と連携するプロジェクトが進行中です。対象となるビルの種類も商業施設、ホテル、倉庫、データセンター、オフィスビル、病院など、多岐にわたります。温度や湿度の管理が重要で、明確な意向を持たれている病院様とは特に話を進めています。
伊達:具体的な案件も動いていて素晴らしいですね。
横山:はい。複数のビルを統合管理する案件も増えています。例えば、とある不動産管理会社様が首都圏で約300棟のビルを管理されているのですが、そのうち9割が個別空調です。従来は解決が難しいとされていましたが、エネルギーの大幅な無駄を何とか改善したいという思いで、現在協力しながら提案を進めています。
伊達:先日東京ビッグサイトで開催されたJAPAN BUILD TOKYOでは長谷川さんがCoolAutomationさんのセッションで登壇されていましたね。
長谷川:はい、そこで東京ビッグサイト様での導入成果を発表させていただきました。このように情報発信でも連携を進めています。
伊達:共同の取り組みを進められる中で、何か気づきはありましたか。
長谷川:「空調システムとAIをつなぐ」という当初の課題が解決したことで、新たな可能性が見えてきました。具体的には、空調データと他のデータを組み合わせ、より高度な最適化を模索しています。例えば、店舗ではセールのタイミングで人の流れや密度が一気に増すことがありますよね。そういった人流データと連携すれば、より精度の高い空調制御が可能になります。今回の取組を通じて、多様なデータを統合活用できる手応えを得られたことは大きな成果です。
横山:もう一つ良かったのは、目的が一致している人たちが自然と集まってくるようになったことです。「空調をつなげられますよ」と単体で伝えただけでは、あまり興味を持ってもらえません。しかし、「空調データ×AI×他のデータ」という形で連携が進むと、一気に関心が高まります。
一方、まだまだ「オープン化」に対する業界の壁は厚いですね。日本では、そもそも「システムをオープンに繋ぐ」という発想がほとんどありません。「オープンに繋ぐとこんなに便利になる」ということを、業界の方たちに繰り返し伝えていき、最終的には、省エネを実現したい企業が「オープン化こそが省エネの鍵だ」と自然に認識するような状況を作りたいですね。
伊達:今後の展開についてもぜひお聞かせください。
長谷川:私は、クローズドな仕組みを変えていきたいと思っています。たとえば「この会社のシステムしか使えません」ではなくて、建物のオーナーが「この技術を使いたい」と思ったら、自由に導入できる環境を作りたいですね。そうなれば、開発する側の競争力も鍛えられ、技術革新が進みます。
海外の技術に飲み込まれ日本が取り残されることを防ぐためにも、私たちが導入事例を増やし、技術を使ってもらうことが大事。「こんなことができる」と業界の考え方が変わっていけば、最終的には日本の国際的な競争力強化にもつながると思っています。
横山:私の目標はシンプルです。日本にある20万棟の個別空調のビルすべてにアプローチすること。もちろん一人では実現できないため、長谷川さんと協力しながら、一歩ずつ進めていきたいと考えています。日本の業界を変えるため、私たちが実績を積み重ね、積極的に発信していくことが重要だと思っています。最終的には、「ビルの自動化を進めたい」と考えたときに、自然と私たちの技術が選択肢の一つとして挙がるような状況を作ることが目標です。
伊達:東京コンソーシアムのご支援のなかで、具体的に「これが一番良かった」と感じた点はありますか。
長谷川:ご紹介いただいた蓄電デバイス系企業様とは現在も継続して取り組んでいますし、その他にもさまざまな企業とのつながりを作っていただきました。特に、大手電力会社様とお話しする機会をいただいたことは非常に貴重な経験でした。エネルギー関連企業がどのような考え方を持ち、どんな課題意識を抱えているのかを直接伺うことができ、自分たちの技術がどのように役立つのかをより具体的にイメージできるようになりました。自分たちだけではなかなかアプローチが難しい企業様との接点を持てたことは、本当にありがたかったです。
実は、北海道のアクセラレーションプログラムにも採択され、とある企業様とのデータセンターの省エネ化に取り組んでいます。データセンターは冷却コストが非常に大きいため、寒冷地に拠点を置くケースが増えています。今回、北海道のエネルギー事情について事前に地元企業様をご紹介いただき、意見交換ができたことで、行政関係者様との会話などその後のプロジェクト進行が非常にスムーズになったと感じています。
伊達:東京都が実施する先端事業普及モデル創出事業「KING SALMON PROJECT」では、フィンランド・ヘルシンキに行かれましたね。
長谷川:日本から5社が選ばれ、そのうちの1社として参加しました。残念ながら最終選考には残れませんでしたが、東京コンソーシアムの支援の中でも英語のプレゼンをブラッシュアップしていただき、本当に勉強になりました。国の文化や背景などを捉えたうえで、聞き手の目線を意識することの重要性を学びました。いただいたプレゼンのポイントは、新しくプレゼンを作るたびに確認するようにしています。
また、海外展開を考えるうえでは、競合分析のサポートをしていただいたことも大きな収穫でした。例えば、ヨーロッパではどんな企業が競合になり得るのか、それぞれどこまで事業展開をしていて、どこがまだ手薄なのか、といった情報をリサーチしてもらいました。
伊達:確かに、海外での立ち位置を明確にするのは大事ですね。海外派遣プログラムなどは、グローバルにつながる場ですから、参加するといろいろなチャンスが広がりそうです。
長谷川:そうですね。ヘルシンキでは他の東京コンソーシアム採用企業様とも交流が生まれ、「何か一緒にできることはないか」という話が進んでいるところです。このような横のつながりは、実際に一緒に現地へ行かなければ生まれなかったと思います。
先日はTokyo Innovation Baseで開催されたTIB PITCHで採択され、プロダクトを展示させていただいています。東京コンソーシアムを通じて得られたチャンスに本当に感謝しています。
伊達:最後に、東京コンソーシアムへの応募を検討されているスタートアップの方々に一言いただけますか。
長谷川:応募するだけでも、「自分たちの会社は何をやっているのか」、「事業プランはどういうものか」をあらためて見つめ直す良い機会になります。提案書を作る段階で、そうした部分を整理しないといけませんし、すでに各社で準備されていることとは思いますが、応募のプロセス自体が非常に良い経験になると思います。採択されるかどうかには運の要素もありますが、採択企業同士の出会いや、そこから得られる刺激は、確実に新たなチャンスにつながります。もし応募を迷っているスタートアップ企業の方がいれば、ぜひチャレンジしてみることをおすすめしたいですね。
伊達:貴重なお話、ありがとうございました。